|
■プロフィール
●野田幼稚園、中央小学校、第一中学校で学んだ
典型的野田っ子です。
●春日部高校を経て昭和42年日本医科大学入学。
同48年卒業。
日本医科大学小児科学教室付属病院小児科医局へ入局。
在局中に、北村山公立病院(山形、東根)、八丈町立病院、
大宮赤十字病院へ派遣勤務。
●昭和57年父母の跡をついで診療活動開始。
■所属学会
日本小児科学会(専門医) 日本小児神経学会(専門医)
日本てんかん学会
■趣味
・飛行機プラモデルの収集(暇が無く作るより集めるのが主になりました)
・新しいオモチャを買うこと
・音楽鑑賞 特にワーグナーのリング
(ちなみに日本ワーグナー協会の会員の末席をけがしています)
■医院長あいさつ-------------------------------------
当院は昭和16年に母が現在地に開業したのが始まりです。
父が加わり、御近所からはパパ先生、ママ先生として親しまれておりましたが、昭和56年父が亡くなり、57年より私が両親の跡を継ぎました。
それまでは「岡田医院」が正式名称でしたが、世間的には岡田小児科で通っていたので、私の代から「岡田小児科医院」といたしました。
私は子供の病気に興味があったと言うよりは子供が好きで両親と同じ小児科医になりました。
そのためか子供の行動や思考過程などに対してはかなり理解できるのではと、思っています。
診察の時はなるべく自分の子供の時の感覚を思い出し、お子さん方と接していくように心がけております。
「医者は病気を好きになってはいけない。病気になっている人間を好きにならなくてはいけない。」
この場合、好きになるということは興味を持つと言うことでもありますが、これが私のモットーです。
大学病院時代は「小児大発作てんかんの終夜脳波的研究」と言うのが学位論文のテーマでした。
終夜というのは一晩中ということですので、百回近く脳波を徹夜でとりました。
これが出来たと言うことは私が夜型人間だということであります。
昨今小児の夜間救急医療体制が問題になっておりますが、病院勤務時代からの私の経験からいえば、夜間みえる患者さんのほとんどは、適切な指導さえあればあせって救急車を呼ばずにすむ方々です。
救急車が本当の救急の患者の皆さんのために出動し慢性的な人手不足の夜間救急の担当医が、それらの方々に十分力が注げるようにしたいものです。
そのため私は普段からお子さんの急な症状の変化にあわてないよう対処法をお話しておくように心がけております。が、それでも思いもかけぬ変化が起きるのが子供の病気の特徴です。
そのような時はあわてて自分一人で判断せず、何時でもまず私に電話をして相談してください。
夜型の人間ですから用事で外出していない限り必ず電話には応対するようにしております。
(最近早朝の時間帯は弱くなってまいりましたが)
相談内容により、そのまま様子を見て良いか、診察に来院してもらうか、あるいは2次救急施設へ紹介するかアドバイス致します。
子供は国の宝と一方では言いながら、現在の健康保険制度での小児医療は矛盾だらけで文句を言いたい点は山ほどあります。
それでも我々小児科医が我慢していられるのは、病気が治って元気を回復したお子さんの笑顔があるからです。私もこの笑顔を糧としてこれからもがんばって診療を続けていこうと思っております。
よろしくお願いいたします。
|